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横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)16号 判決 1998年4月14日

原告 甲野花子

原告 乙山太郎

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木達夫

同 福島武司

同 森川文人

被告 神奈川県

右代表者知事 岡崎洋

右指定代理人 飯塚精一 外二名

被告 神奈川県教育委員会

右代表者委員長 伊香輪恒男

右指定代理人 今井均 外一名

被告両名訴訟代理人弁護士 福田恆二

同指定代理人 北田均 外二名

主文

一  被告神奈川県教育委員会に対する本件訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告神奈川県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  本件請求

原告らは、平成五年度当時、いずれも被告神奈川県の設置する神奈川県立平塚養護学校(平塚養護学校という。)の教諭であり、平塚養護学校で平成五年四月六日に行われた平成五年度入学式において校庭の国旗掲揚ポール(掲揚ポールという。)に掲揚されていた日章旗(白地の布に赤色の太陽の形を描いた旗。以下、この旗を日の丸という。)を引き降ろしたところ、いずれも平成五年一一月一六日に被告神奈川県教育委員会(被告教育委員会という。)から文書訓告(本件各訓告という。)を受けたが、右訓告が違法であると主張して、被告教育委員会に対しては、その取消しを求め、被告神奈川県に対しては、右訓告は被告教育委員会を構成する公務員による不法行為を構成するとして、国家賠償法一条に基づき、原告らが被った精神的苦痛に相当する慰謝料として、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する本件各訓告の日である平成五年一一月一六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実

1  原告甲野花子(原告甲野という。)は、昭和四八年四月一日神奈川県立平塚養護学校教諭に補せられた被告神奈川県の公務員である。原告甲野は、平成八年三月まで平塚養護学校に勤務していた。

原告乙山太郎(原告乙山という。)は、平成三年四月一日神奈川県立平塚養護学校教諭に補せられた被告神奈川県の公務員である。

被告神奈川県は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地方教育行政法という。) 二条により、被告教育委員会を設置しており、被告教育委員会は、同法三五条及び地方公務員法(地公法という。) 六条に基づき、原告らに対して任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有している。

2  平成五年四月五日午前一〇時から、平塚養護学校の入学式が同校体育館で行われ、同校事務長及び事務職員の二名が校庭の掲揚ポールに日の丸を掲揚した。

3  原告甲野、原告乙山及び平塚養護学校の教諭であった丙山五郎(丙山といい、原告甲野、原告乙山及び丙山の三名を併せて原告ら三名ともいう。)は、右当日の午前中は有給休暇を取得していたが、右入学式が行われた際、午前一〇時すぎころ、掲揚ポールに掲揚された日の丸を降ろし、これを掲揚ポールから取り外し、風呂敷に包んで持ち去り(これを本件行為という。)、更衣室内の原告乙山のロッカーに入れて保管し、入学式が終わり生徒の下校後、これを同校校長に返還した。

なお、本件行為によって入学式の進行に何らの影響を与えず、その運営が妨げられることはなかった。

4  被告教育委員会は、平成五年一一月一六日、原告ら三名に対し、それぞれ以下の内容の「訓告書」により、文書訓告(本件各訓告)をした。

「平成五年四月五日、所属する学校の入学式当日の午前一〇時五分ころ、校長の指示を受けた事務長が、校内国旗掲揚ポールに国旗を掲揚し、立ち去った後、掲揚されていた国旗を、同僚教諭二名とともに引き降ろした。

このことは、教育公務員として、あるまじき行為であり、誠に遺憾である。

今後、再びかかることのないよう、厳重に訓告する。」

5  原告ら三名は、平成六年一三日、本件各訓告につき、神奈川県人事委員会に不利益処分に関する不服申立てをしたが、同人事委員会は、同年二月二五日、右申立てが不適法であるとして却下した。

6  平塚養護学校においては、平成三年四月一日から平成五年三月三一日までの校長は丁田月子(丁田校長という。)であり、平成五年四月一日から平成七年三月三一日までの校長は戊田一夫(戊田校長という。)であった。

7(一)  「盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領」の「第四章特別活動」には、以下の定めがある(乙一の一)。

「小学部又は中学部の特別活動の目標、内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては、それぞれ小学校学習指導要領第四章又は中学校学習指導要領第四章に示すものに準ずるほか、次に示すところによるものとする。

1  学級活動においては、適宜他の学級や学年と合併するなどして、少人数からくる種々の制約を解消し、活発な集団活動が行われるようにすることが必要である。

2  児童又は生徒の経験を広め、社会性を養い、好ましい人間関係を育てるため、特に特別活動においては、集団活動を通して小学校の児童又は中学校の生徒及び地域社会の人々と活動を共にする機会を積極的に設けることが必要である。その際、児童又は生徒の心身の障害の状態及び特性等を考慮して、活動の種類や時期、実施方法等を適切に定めるものとする。」

「盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」の「第四章 特別活動」には、以下の定めがある(乙一の一)。

「特別活動の目標、内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては、高等学校学習指導要領第三章に示すものに準ずるほか、次に示すところによるものとする。

1  指導計画の作成に当たっては、生徒の少人数からくる種々の制約を解消し、積極的な集団活動が行われるよう配慮する必要がある。

2  生徒の経験を深め、社会性を養い、好ましい人間関係を育てるため、特に特別活動においては、集団活動をを通して高等学校の生徒及び地域社会の人々と活動を共にする機会を積極的に設けることが必要である。その際、生徒の心身の障害の状態及び特性等を考慮して、活動の種類や時期、実施方法等を適切に定めるものとする。

3  精神薄弱者を教育する養護学校においては、個々の生徒の精神発達の遅滞の状態や発達段階に即応して、適切に指導の重点を定め、できるだけ具体的に指導する必要がある。」

(二) そして、右各指導要領の右規定が、特別活動の目標、内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについて準ずるものとしている「小学校学習指導要領」、「中学校学習指導要領」及び「高等学校学習指導要領」の各「特別活動」の章には、「第三 指導計画の作成と内容の取扱い」として、いずれも以下の定めがある(乙一の二ないし四)。

「 入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」

(三) なお、右の小学校学習指導要領は平成四年四月一日から、中学校学習指導要領は平成五年四月一日から、高等学校学習指導要領は平成六年四月一日から、それぞれ施行されたが、盲学校、聾学校及び養護学校の小学部及び中学部の特別活動については、平成元年一二月二五日文部省告示一七一号(「平成二年四月一日から平成五年三月三一日までの間における盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領の特例」)により、「平成二年度及び平成三年度の小学部並びに平成二年度、平成三年度及び平成四年度の中学部の特別活動の指導に当たっては、現行小学部・中学部学習指導要領第四章の規定にかかわらず、新小学部・中学部学習指導要領第四章の規定によるものとする。」とされ、平成二年四月一日から右の学習指導要領第四章の規定によることになっている。また、高等部の特別活動については、平成元年一二月二五日付け文部省告示一七二号(「現行の盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領の特例」)により、「特別活動の指導に当たっては、新高等部学習指導要領第四章の規定によるものとする。」とされ、平成二年四月一日から右の高等部学習指導要領第四章の規定によることになっている。(乙一の五、乙四)

二  争点

1  本件各訓告は、行政事件訴訟法(行訴法という。) 三条二項により取消しを求めることのできる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(処分という。)に当たるか、否か。

2  本件各訓告が右処分に当たらず、その取消しを求める訴えが不適法な訴えであるとした場合、原告らが被告神奈川県に対して損害賠償を求める訴えは、行訴法一六条一項の関連請求として併合することのできる適法な訴えといえるか、否か。

3  被告教育委員会は、本件各訓告をする権限を有するか、否か。

4  原告らには本件各訓告を受けるべき事由があるか、否か。

5  被告教育委員会には本件各訓告につき、裁量権の濫用があるか、否か。

6  本件各訓告の手続に違法な点はあるか、否か。

7  本件各訓告は、原告らに対する不法行為を構成するか、否か。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件各訓告の処分性の有無)

(一) 被告教育委員会の主張

行訴法によって取消しを求めることのできる処分であるというためには、それが、直接の法的効果を生ずるものであることを要するところ、本件各訓告は、原告らに対する制裁的性質を有する懲戒処分とは異なり、一般的な指揮監督権に基づき、原告らの職務遂行上不適当な行為について、それを指摘し、将来を戒め、その改善、向上に資するために行った監督上の措置にすぎず、原告らに対し、何らかの義務を課し、あるいは、権利の行使を妨げるなどの法的効果をもたらすものではない。本件各訓告により、原告らが外部的名誉を毀損され、名誉感情を害されたとしても、このような不利益は、身分上の権利義務とは無関係であって、事実上の不利益にすぎず、法律上の不利益には該当しない。

原告らは、訓告は懲戒処分のひとつである戒告と類似していると主張するが、争う。戒告は、地公法上の処分であって、当該公務員の履歴にも残る点で、単なる訓告とは異なるから、右の主張は理由がない。また、原告らは、将来原告らについての人事考課において考慮されないということがあり得ないと主張するが、昇任、昇格などは、当該職員の勤務成績、その他能力の実証に基づいて判断されているものであり、文書訓告を受けたという事実のみをとらえて判断されるものではないから、右の主張は理由がない。

したがって、本件各訓告は、処分に該当しないから、原告らの本件各訓告の取消しを求める本件各訴えは、不適法な訴えとして却下されるべきである。

(二) 原告らの主張

被告教育委員会の右主張は争う。

原告らは、本件各訓告により、公文書をもって「教育公務員として、あるまじき行為であり、誠に遺憾」「今後、再びかかることのないよう、厳重に訓告」などと重大な威圧を加えられた。原告らは、外部的名誉を毀損され、かつ名誉感情が害されているのである。

また、文書訓告においても、現実に人事考査委員会において討議され、公文書が作成・保存されており、これが将来の原告らの人事考課において考慮されないということはおよそありえない。

このように、原告らは、本件各訓告によって不利益を受けており、文書訓告は戒告に類似し、懲戒処分と連続性を有しているのであって、本件各訓告については、行訴法三条二項によって取消しを求めることのできる処分に該当するというべきである。

2  争点2(関連請求に係る損害賠償を求める訴えの適法性)

(一) 被告神奈川県の主張

被告神奈川県に対する原告らの損害賠償請求は、本件各訓告の取消しを求める訴えが適法であることを前提としているから、行訴法一六条一項の趣旨に照らし、右訴えが不適法である以上、この訴えも不適法というべきである。しかも、本件においては、文書訓告が処分であるとの前提に立ち、それがなされたこと自体を請求原因としており、損害賠償請求は本件各訓告の取消しを求める訴えと密接不可分かつ一体的関係にあるから、訓告の取消しを求める訴えが不適法であるならば、損害賠償を求める訴えも不適法となると解すべきである。

(二) 原告らの主張

取消訴訟とその関連請求に係る訴えとの併合を認めた行訴法一六条一項の趣旨は、裁判の矛盾抵触を回避するとともに訴訟経済を考慮することにあるから、取消訴訟が不適法であり、併合の要件を欠くとしても、併合提起された関連請求訴訟について、他の訴訟要件を具備している限り、これを独立の訴えとして取り扱うのが相当である。

3  争点3(被告教育委員会の訓告権限の有無)

(一) 被告らの主張

地方公務員と地方公共団体との関係は、特別権力関係であるとされており、合理的な範囲内で法治主義の原則の適用が除外されている。かくして、地方公務員の身分取扱の基本事項については、地公法をはじめとする法律によって規定され、強い身分保障がなされており、その限りでは法治主義の支配下にあるが、法律の定めのない事項については、任命権者が包括的な権限による指揮監督権を行使することになる。

しかして、教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務のうち、教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他人事に関する事務を行う権限を有し、職員の任命権を有しているから、任命権者として、その所属する職員に対し、包括的な権限に基づき指揮監督権を行使する権限を有する。

そして、文書訓告は、行政上の処分ではなく、任命権者による一般的な指揮監督権限に基づく監督上の措置にすぎないから、職員が地公法上の義務に違反した場合、指揮監督権を有する任命権者又は上級の職員が、当該職員の職務履行の改善向上に資するため、制裁的実質を伴わない監督上の措置をとりうることは、法律上明文の規定がなくても当然に容認されているところである。

従って、文書訓告を行うか否かは、任命権者たる被告教育委員会の裁量に委ねられるべきものである。

(二) 原告らの主張

地公法二九条一項所定の懲戒手段としては、戒告、減給、停職又は免職の処分のみが掲げられているのであって、訓告なる懲戒手段は掲げられていないから、被告教育委員会が原告らの行為を懲戒に値すると評価したとしても、訓告なる手段をもって懲戒する権限はない。

文書訓告は、単なる口頭での注意と異なり、人事考査委員会という懲戒処分担当の合議が開かれ、公文書において原告らに対する文書訓告の事実が記載され、更に、公表されている文部省地方課の文書においても、原告らに対する処分の実質が、個々人の特定可能な形で公表されているのであり、その外部的名誉を低下させ、また名誉感情を害するという、法的権利を侵害する重大な結果をもたらすものである。そして、訓告書の内容も「誠に遺憾」「厳重に訓告」などと重大な威圧を加えるものであって、しかも、改善を求めるという目的を有しているのであるから、制裁的な実質を有している。将来の原告らの人事考課において考慮されないということもあり得ない。

よって、このような行為が単なる一般的な指揮監督権を根拠に許されるとはいえないから、一般的指揮監督権から文書訓告なる行為を行う権限を導くことはできない。

4  争点4(訓告されるべき事由の存否)

(一) 被告の主張

以下に述べるとおり、本件各訓告は適法なものである。

(1)ア 学校教育法は、教育課程の基準を設定する権限を文部大臣に与え、また、同法施行規則は、教育課程については学習指導要領による旨を定めている。すなわち、学校教育法七三条は、「盲学校、聾学校及び養護学校の小学部及び中学部の教科、高等部の学科及び教科又は幼稚部の保育内容は、小学校、中学校、高等学校又は幼稚園に準じて、監督庁が、これを定める。」と規定し、同法施行規則七三条の九は、養護学校の高等部の教育課程には、特別活動も含まれることを明記した上、同規則七三条の一〇は、「盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程については、この章に定めるもののほか、教育課程の基準として文部大臣が別に公示する盲学校、聾学校及び養護学校幼稚部教育要領、盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領及び盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領によるものとする。」と定めている。そして、学習指導要領は、学校教育法七三条の委任に基づき、同法施行規則七三条の一〇と一体となって、教育課程に関する内容を定め、かつ、その内容が公示されているのであるから、法規としての性質を有する。

しかして、各学習指導要領は、特別活動の指導計画の作成と内容の取扱いについて、いずれも「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国家を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている。

そして、校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する権限に基づき、学校の最高責任者として、法規としての性質を有する学習指導要領の基準により、教育課程を編成し、指導計画を作成して、その適正な実施を図る義務と権限を有する(地方教育行政法三三条、神奈川県立の盲学校、聾学校及び養護学校の管理運営に関する規則(昭和四四年五月一六日教育委員会規則第一一号。管理運営規則という。)六条)。

イ 平塚養護学校においても、戊田校長は、入学式についての指導計画は作成してはいなかったものの、平成五年四月一日、入学式には国旗を掲揚することを言明していたものであり、それは、学習指導要領に従って、国旗を掲揚する旨を決定したことを意味し、原告らは教育公務員として、戊田校長の右発言の趣旨を理解していたことは明らかである。そして、戊田校長は、同月五日、同校事務長をして、掲揚ポールに国旗を掲揚させたものであり、これは、戊田校長が、同校の最高責任者として、学習指導要領に従って行った行為であり、校長として当然の措置である。

(2) 本件各訓告を違法とする原告らの後記主張は争う。

ア 国旗の掲揚が職員会議の意向を無視したものであって国旗の掲揚が違法であるとの原告らの主張は争う。

国旗を掲揚するかどうかについては、平成四年度の卒業式のみならず、平成五年度の入学式についても校長に一任されていた。

しかも、職員会議は、学校運営を円滑かつ効果的に行うために、学校運営に関する重要事項について協議し、全教職員の共通理解や意思の統一を図る場であるのにすぎないのであって、法的に根拠を有する機関ではなく、慣習的な事実上の組織として位置づけられている。校長が、校務をつかさどり、所属職員を監督する権限を有する学校の最高責任者であって、学校運営についての業務は、最終的には校長の責任と権限に基づいて処理されるものであるから、職員会議は校長の校務執行を補助する内部機関である。したがって、入学式及び卒業式における国旗の掲揚について、職員会議の議を経由しなかったとしても、それをもって、直ちに違法又は不当とすることはできない。

イ 日の丸が国旗であるとはいないから国旗の掲揚があったとはいえないとの原告らの主張は争う。

日の丸は、郵政商船規則(明治三年太政官布告)で日本の船舶に掲揚すべき国旗として定められており、また、船舶法、海上保安庁法、商標法などでは、国旗の存在を前提とする規定がある。そして、日の丸は、明治初期以来、我が国の内外において、国旗として公に使用されてきたものであり、国際会議などにおいても、日本を象徴する旗として肯認され、我が国においても、大多数の国民が日の丸を国旗とすることに賛同し、政府も日の丸が国旗である旨を表明しており、日の丸以外に国旗が存在しないことは公知の事実であるから、日の丸が日本を象徴する国旗であるとの慣習法が成立している。

(3) 地方公務員は、その職務を遂行するに当たり、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない(地公法三二条)のであって、校長が、入学式などにおける国旗の掲揚を言明したときは、その言明は、国旗掲揚自体を妨害したり、あるいは、掲揚された国旗を勝手に引き降ろすなどの妨害行為を禁止する趣旨の命令を黙示的に包含しているから、これに違反し、国旗掲揚自体を物理的に妨害し、国旗掲揚を不可能としたり、あるいは、いったん掲揚された国旗をほしいままに引き降ろし、国旗掲揚が行われなかったかのごとき状態を作出する行為は、校長の命に背き、上司の職務上の命令に忠実に従わない行為となる。

なお、原告らが、本件行為当時、年次有給休暇を取得していたことは事実であるが、年次有給休暇中であれば、校長の命令に忠実に従わないで、右国旗をほしいままに引き降ろしてもよいということにはならない。

(4) 以上のように、公立学校の最高責任者としての校長が、法規としての性質を有する学習指導要領に従い、入学式などにおいて、国旗を掲揚することは、それが学習指導要領に明記されており、入学式などの意義ないし目的などに照らすと、国旗掲揚自体を物理的に妨害し、国旗掲揚を不可能にしたり、あるいは、いったん掲揚された国旗をほしいままに引き降ろし、国旗掲揚が行われなかったかのごとき状態を作出する行為は、公立学校の教職員としての信用を傷つけ、教職員の職全体の不名誉となるような行為である。

よって、原告らの行為は、公立学校の教職員としての信用を傷つけ、教職員の職全体の不名誉となるような行為に該当する。そして、これは、教育公務員としてあるまじき行為であり、地公法三二条、三三条に違反する。

以上により、被告教育委員会は、原告らの本件行為が職務遂行上不適当であることを指摘し、その将来を戒め、職務遂行の改善、向上に資するために、本件各訓告をしたものである。

(二) 原告らの主張

(1) 「日の丸」掲揚の法的根拠が存在しないこと

ア 学習指導要領は、教育内容の指針を示し、教育課程を構成する最も重要な資料であり、基本的な示唆を与える指導書であるが、そのとおりのことを詳細に実行することを求めているものではなく、法的拘束力はない。また、委任立法であるとしても、学校教育法の委任により監督庁である文部大臣が立法できる「教科に関する事項」は、教科、科目名、それ以外の教育課程構成要素、標準授業時数までについてであり、それ以外は児童・生徒の学習権、国民の教育の自由、学校教師の教育権、憲法二六条及び教育基本法一〇条の原理等から自ずと限界があるのであって、この限界を超えた範囲では法規性を認めることはできない。

よって、校長の「日の丸」の掲揚は法的に根拠があるものではなく、ひいては本件各訓告は、法的根拠を何ら有しないことになる。

イ 「国旗」という概念自体、個人の上位に、個人と切断された国家を措定する国家主義原理に基づくものであるから、個人の尊厳を基礎とする日本国憲法の原理に反する。また、個人主義の思想を基盤に置く教育基本法の理念にも反する。

「日の丸」は、日本国憲法以下いかなる法律によっても、その存在自体が規定されていない。また、天皇制による支配を国民に無理矢理押しつけるための統合装置という機能を果たしており、侵略戦争の象徴ともされている。このように、「日の丸」は、日本国憲法の国民主権原理及び平和主義に反するので、国旗ではない。

(2) 「日の丸」の掲揚が憲法違反、法律違反であること

ア 「日の丸」を掲揚することは、以下の理由から、憲法に違反する。

a 憲法二六条違反

原告らは、教育の自由を享受する結果、平塚養護学校の教育を行う職員として、「日の丸」を、同校の教育に持ち込むことを強制されない権利を有している。「日の丸」を強制する行為は、原告らの教育の自由を侵害している。

b 憲法二一条違反

原告らは、表現の自由の一環として、「日の丸」が公権力によって平塚養護学校の教育の場に持ち込まれないよう、「日の丸」強制反対という意思表示をなす権利を有している。「日の丸」の掲揚は、右の意思表示をすることを侵害している。

c 憲法一九条違反

本件においては、「日の丸」が校庭の「国旗掲揚ポール」に掲げられたのであり、入学式もその「日の丸」の下でなされたのであって、「日の丸」の下での入学式を拒否する権利を侵害しているから、憲法一九条が保障する思想及び良心の自由を侵害するものである。

イ 平塚養護学校において「日の丸」を掲揚することができないこと

a 平塚養護学校では、かつて会場のステージの正面に「日の丸」が掲揚されていたことがあったが、職員会議での討論や教員の反対により、スライドスクリーンの裏に隠れたり、三脚に立てられるなどして、徐々に後景化されていった。そして、単に掲揚ポールに掲げられるようになっていった。一九九二年三月の卒業式及び同年四月の入学式においては掲揚ポールに「日の丸」が掲揚されたところ、神奈川県立障害児学校教職員組合平塚養護学校分会(組合という。)は、「日の丸」の掲揚をやめるよう丁田校長に申し入れた。

そして、一九九三年二月一七日の職員会議において、同年三月の卒業式において「日の丸」を掲揚するかどうかについて、丁田校長は、揚げるとも揚げないとも答えない態度に終始し、明確にされないまま丁田校長に一任することとされた。右の卒業式においては、同月一二日の高等部の卒業式、同月二二日の小・中学部の卒業式いずれにおいても、「日の丸」は掲揚されなかった。

一九九三年四月の入学式については、その運営について同年三月の職員会議で話し合われたにもかかわらず、丁田校長は全く議論をしようとしなかった。職員会議の終了した後、丁田校長は、突如、「日の丸」を揚げると発言した。職員からは、質問や意見を述べる希望がいくつも出されたが、丁田校長は、これを黙殺した。

そして、同年四月一日に戊田校長が赴任し、同日原告らが「日の丸」を揚げないよう申し入れた際、戊田校長は「日の丸」を揚げると言明したものの、「反対の意思表示は大事なことだから、やってもかまわない。」とも発言した。

b 学校運営においては、校長を含む教師集団の集団的自律(学校自治)に委ねられているのであって、この集団的自律を保障するために、決議機関として職員会議が必要となる。平塚養護学校においても、職員会議が、全職員の意見を集約する最高の場であるとされている(同校の「運営要覧」)。したがって、校長が、職員会議の決定に反したり、無視したりすることは許されない。

c しかしながら、本件入学式において「日の丸」が掲揚されることについては、平塚養護学校の職員らから、質問や意見を述べる希望が多く出されていたにもかかわらず、丁田校長がそれを黙殺し、職員会議での議論をさせずに、更に、戊田校長は、原告らの申し入れに反して一方的に掲揚したものである。

被告らは、職員会議によって校長に「日の丸」の掲揚の有無を一任したと主張するが、争う。

職員会議においては、一九九三年三月の卒業式における「日の丸」の掲揚の有無が議題とされていたのであって(しかも、同卒業式においては、「日の丸」が掲揚ポールに掲揚されることはなかった。)、本件入学式において「日の丸」が掲揚されることが校長に一任されたのではない。本件入学式において「日の丸」を掲揚するかどうかは、職員会議での議論の機会が一切与えられていない。

(3)ア 前記(1)のとおり、「日の丸」を掲揚する法的根拠がない以上、校長には、「日の丸」を掲揚することを妨害してはならないという職務命令を発する権限はない。

イ 戊田校長は、「日の丸」を掲揚することを妨害してはならないという職務命令を発してはいない。また、原告らは本件行為当時年次有給休暇中であったのであり、職務命令を履行すべき立場にもなかった。

(4)ア 原告らの行為は、法令(職員の職務の遂行について定められているものを意味する。)、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規定に違反したものでもなく、また、上司の職務上の命令に違反したものでもない。当時、右の原告らは有給休暇中であり、入学式自体への影響もなく、職務遂行には一切影響がなかった。そして、平穏のうちに降ろされた「日の丸」についても、生徒下校後速やかに校長室に返却されている。

イ 地公法三三条にいう「その職の信用を傷つけ」とは、職権濫用や収賄など職務に関連して権限を悪用することをいうところ、「日の丸」の掲揚は原告らの職務とは何ら関連がなく、また、原告らが「日の丸」を降ろしたことにより、その職の信用が傷ついたこともない。

また、同条にいう「職員の職全体の不名誉となるような行為」とは、犯罪行為や強い社会的非難を浴びるような行為を指すものであるところ、本件行為は教育現場における「日の丸」の強制に対する教職員の抵抗の当否であり、その核心は、思想・良心の自由や国民の教育権などといった憲法上の争点にかかわるものであって、社会的非難を浴びるものではなく、職員の職全体の不名誉を生じさせたこともない。

ウ むしろ、原告らは、戊田校長が憲法に違反し、かつ平塚養護学校における経緯を無視し、職員会議の場での議論の機会も設けないままで、「日の丸」を掲揚したことに対して、違憲行為を排除すべく、公務員として、憲法九九条の憲法尊重擁護義務にしたがい、最小限の抗議の意思を表明するため、本件行為に及んだのである。

(5) よって、本件行為は、「日の丸」の有する歴史的意味、本件において「日の丸」の掲揚が強行されるまでの事実経過、右の掲揚の著しい不当性、「日の丸」を降ろす際の原告らの具体的行為態様、その後の経緯に照らすと、「信用失墜行為」や「あるまじき行為」には当たらない。

5  争点5(裁量権濫用の有無)

(一) 原告らの主張

被告教育委員会が事故報告書を受けた場合、地公法上の懲戒処分以外に、文書訓告、口頭訓告、校長注意という処分を行う選択肢を有していた。戊田校長も、校長による注意か、口頭訓告という措置を望んでいた。本件において原告らを文書訓告としたことは著しく不当、不合理であるから、裁量権の濫用に当たる。

(二) 被告らの主張

原告らの主張は争う。

そもそも懲戒処分でさえも、それが社会観念上著しく妥当を欠き、裁量を付与した目的を明らかに逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とはならない。文書訓告は、制裁的実質を伴わない監督上の措置であるから、任命権者又は上級の職員に付与された裁量の範囲は、懲戒処分の場合以上に広いというべきである。

6  争点6(手続上の違法性の有無)

(一) 原告らの主張

(1) 文書訓告は、実質的には懲戒処分そのものないしこれに準ずるものと考えるべきであり、その適法性については、厳格な適法要件が課されている懲戒処分と同様ないしはこれに準じて審査されるべきである。そして、懲戒処分においては、憲法三一条の趣旨に則り、適正な手続の保障がなされるべきであり、文書訓告の手続においても同様と解される。

(2) しかるに、以下の点において訓告手続には適正、適法性を欠く。

ア 本件各訓告は、戊田校長が被告教育委員会に事故報告書を提出したことを端緒とするものであるが、その提出の理由は原告ら三名の本件行為を外部の人が写真撮影していたから学校内部の問題ではなくなったと判断したというものであり、重大性もなく、かつ原告らが直接かかわらない事情であって、このような事情により事故報告書が提出されるというのは不当である。

イ 原告らは、本件各訓告に至るまで、本件各訓告を行うための手続が開始されていることを告知されず、自らの意見を表明する十分な機会も与えられなかった。

ウ 原告らは、本件各訓告の手続が行われているのを知らなかったが、「伝達事項がある。」と騙されて被告教育委員会に出頭させられ、抜き打ち的に訓告書を交付させられようとされた。

エ 本件各訓告の訓告書には、訓告を行うための根拠法令に全く触れられておらず、また、訓告に対して不服を申し立てる権利が何ら教示されていないし、さらに、本件各訓告の理由についても、「教育公務員としてあるまじき」という抽象的な記述しか記載されていないから、無内容なものである。

(3) 従って、本件各訓告は、明らかに手続の適正を欠く違法なものである。

(二) 被告らの主張

文書訓告が処分性を有しない以上、その手続経過を詮議する必要はない。

また、懲戒処分であっても告知聴聞の機会が与えられるかどうかは、処分庁の裁量により決せられるのであって、必ず必要というわけではないから、まして懲戒処分に該当しない文書訓告又は口頭訓告についても同様に解すべきである。

しかも、原告らに対しては、事実関係を確認するため、事情聴取を行い、原告らも当日の行為については事実を認め、その結果、原告らの当日の行為を問題として訓告に至っているのであって、職員会議の経過や国旗掲揚に関する過去の経緯などの前後経過は、文書訓告の理由とは関係がない。

7  争点7(不法行為の成否)

(一) 原告らの主張

本件各訓告は、教育委員会名義の公文書を原告らに交付するという形態でなされたところ、原告らはこのような文書を突きつけられ、「教育公務員としてあるまじき」などとして公に非難されたのであるから、これにより原告ら各自に生じた怒り、悲しみ、屈辱感、侮辱され名誉を傷つけられたとの感情は極めて大きく、更に、今後再びかかることのないよう厳重に訓告するなどとして原告らの将来の言動に対する重大な威圧が加えられている。

原告らは、教育者であって、本件各訓告により、最も重要な生徒及びその保護者との信頼関係が大きく損なわれたのであって、原告らは非常な精神的苦痛を被った。

右の精神的苦痛を慰謝するに足りる額は、原告それぞれにつき一〇〇万円を下らない。

(二) 被告らの主張

原告らの主張は争う。本件各訓告はいずれも正当なものである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(訴えの利益の存否)について

行訴法三条二項所定の「処分の取消しの訴え」により取消しを求めることのできる行為は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(処分)に限られるところ、右にいう「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体の行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確認することが法律上認められているものをいうと解するのが相当である。

ところで、訓告は、法令、規則に明文をもって定められている処分ではなく、職員が職務上の義務に違反した場合に、任命権者又は上司が当該職員に対する指揮監督権に基づいて右義務違反について注意を喚起し、将来を戒めるための事実行為にすぎず、制裁的実質を有せず、また、法的地位に変動を生じさせるものではなく、何らの法的効果をも伴わない措置である。

原告らは、文書訓告も懲戒処分に類似するものであって、将来の原告らの人事考課において考慮される等の不利益取扱をされるおそれがあるから、やはり権利利益に変動があると主張する。しかしながら、懲戒処分は、地公法二九条に定められ、昇給延伸等の法的効果が伴うのに反し、訓告が何らの法的効果を伴わない措置であることは右のとおりであり、職員の昇任、昇格等の前提としてなされる人事考課は、当該職員が文書訓告を受けたこと自体を考慮してなされるのではなく、文書訓告を受けたことのある当該職員の勤務成績、その他能力の実証に基づいてなされるのであるから、原告らの右主張は採用することができない。

原告らは、本件各訓告によって外部的名誉を毀損され、名誉感情を害されているとも主張する。しかしながら、名誉、名誉感情及び信用等を害されない利益は事実上の利益であって法的利益とはいえないから、本件各訓告が原告らの外部的名誉を毀損し、名誉感情を害するとしても、直接原告らの権利義務を形成し、又はその範囲を確認するものとはいえない。

よって、本件各訓告は行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(処分)には当たらないから、原告らが本件各訓告の取消しを求める訴えは不適法である。

二  争点2(関連請求に係る損害賠償を求める訴えの適法性)について

被告神奈川県は、本件各訓告の取消しを求める訴えが不適法である以上、行訴法一六条の関連請求として併合して提起された関連する損害賠償請求の訴えも、結局併合すべき適法な取消訴訟の存在を欠くので不適法であると主張する。

ところで、行訴法一六条が請求の併合を認める趣旨は、関連請求に係る訴えを同一の訴訟手続内で審理することにより、審理の重複と判断の矛盾抵触を避けることにあるところ、基本となる取消訴訟が不適法である場合は、これに対する実体的審理と判断はなされないから、併合して審理、裁判する実益はない。したがって、関連請求を併合して提起するためには、取消請求が適法であることが要件と解される。しかしながら、行訴法一六条は単に関連請求の併合要件を定めたにすぎないから、取消訴訟が不適法である場合には、同条による併合が許されないだけであるから、併合して提起された関連請求に係る訴えが独立の訴えとして適法なものである場合は、これを独立の訴えとして取り扱うことが訴訟経済の要請にも適うものというべきである。そして、関連請求に係る被告神奈川県に対する損害賠償請求の訴えは、それ自体としては、適法な訴えと認められるから、これを不適法であるとする被告神奈川県の主張は採用することができない。

三  争点3(被告教育委員会の訓告権限の有無)について

教育委員会は、地方公共団体の設置する学校の職員の任免その他の人事に関する事務を行う権限を有するものである(地方教育行政法二三条三号)から、職員の任命権者として、所属の職員に対し指揮監督の権限を有する。そして、文書訓告は、先にみたとおり、処分ではなく、職員が職務上の義務に違反した場合に、指揮監督権を有する任命権者又は上司が行う監督上の措置にすぎないから、法令上明文の規定がなくても当然になし得るものというべきである。この点に関する原告らの主張は採用することができない。

四  争点4(本件各訓告の違法性)について

1  前記第二の一の事実に後掲各証拠を併せると、本件各訓告に至る経緯は次のとおりであると認められる(当事者間で争いのない事実も含む。)。

(一) 平塚養護学校においては、従前から、入学式、卒業式等の行事において掲揚ポールに日の丸を掲揚することを常としており、丁田校長も、前任の校長からその旨引継ぎを受けていたため、丁田校長が着任した直後である平成三年四月の入学式においても、掲揚ポールに日の丸が掲揚された(証人丁田月子、原告甲野花子本人)。

しかしながら、平塚養護学校においては、入学式、卒業式等の行事において日の丸を掲揚することに反対する立場の教員もおり、平成四年二月一四日の職員会議においては、同年三月の卒業式(同月二一日に行われた小・中学部卒業式及び同月一四日に行われた高等部卒業式)の実施計画について話し合われたが、右職員会議では、会場となる体育館と掲揚ポールには日の丸を揚げないとの意見が出されたが、丁田校長は、学習指導要領の規定があることから、学校を運営する校長としての責任と権限に基づき、式場には掲揚しないものの掲揚ポールには一時間程度掲揚するとの方針を示した。また、同年三月八日の職員会議において、同年四月六日に行う入学式の実施計画について話し合われ、「入学式委員会」からは、式場及び掲揚ポールへの日の丸の掲揚をしないよう意見が出されたが、丁田校長は、卒業式と同様時間制限をして掲揚ポールに日の丸を掲揚したいと述べた。(甲七、乙六の一ないし四、乙七の一、二、証人丁田月子)

丁田校長の右の立場に対し、原告乙山は、平成四年三月一四日に行われた高等部の卒業式には、日の丸の掲揚に反対する立場を貫くため、年次有給休暇を取得して欠席した。また、同人は右の卒業式の前の約一か月間は、日の丸が割れている図柄のプレートを着用して日の丸の掲揚に反対する立場を明らかにしていた。また、同年四月六日に行われた入学式においても日の丸が掲揚されたが、原告乙山は、日の丸が掲揚ポールに掲揚された際、式場(体育館)で背広の上に、日の丸に反対する旨の文言の記載されたゼッケンを着用し、掲揚されている間、これを着用していた。丁田校長は、PTA会長から、原告乙山が右のゼッケンを着用していることについて新入学者の親から質問を受けて困惑したと苦情を述べられたため、当日の生徒の下校後、原告乙山を校長室に呼び、教頭同席の上で、多くの保護者や来賓が出席している席で常識をわきまえない行為をするのはおかしい。できればそういうことはやらないでほしいと注意をしたが、原告乙山は、自分のとった行為は正当であり、とやかく言われる筋合いはない旨述べた。教頭は、「これから日の丸を降ろすようなことはしないだろうな。」と述べたところ、原告乙山は、「下ろすことは暴力であるし、自分は暴力は否定するので、それはしない。」と述べた。(甲三、証人丁田月子、原告乙山太郎)

また、原告ら三名を中心として、平塚養護学校の教育の一部は、平成四年四月から約一年間、「新学習指導要領研究グループ」との名称で、独自に、学習指導要領を研究する会合を開いており、その中でも入学式や卒業式で日の丸を掲揚することが不当であるとの結論に達していた。そして、原告乙山及び原告甲野は、平成五年三月の卒業式の前の約一か月間も日の丸が割れている図柄のプレートを着用していた。(原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)

(二) 平成五年二月一七日午後三時一〇分から、定例職員会議が開かれ、同年三月の行事予定、平成五年度新入学児童生徒入学説明会実施要領、児童生徒の日常生活動作の一覧表(学校要覧掲載用)の作成、小学部日課新入生の慣らし日課、平成四年度高等部第二一回卒業式実施計画及び小・中学部第二四回卒業式実施計画について話し合われた(甲二の二、乙八の一ないし四、証人丁田月子、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)。

右の小・中学部第二四回卒業式実施計画については、配布された計画案の末尾「その他」の欄に、「日の丸については、レイアウトの関係から会場内に掲げない。」と記載されていたことから、右の表現では会場の外であれば掲揚してもよいことになるのではないかとの疑義が出された。これに対して、「様々な価値観があり難しい問題であるため、職員会議になじまない。」という意見も出されたが、「新学習指導要領にも載っている内容であり、教育的問題でもあるので討議すべきである。」「曖昧にしては当日混乱を生じるかもしれないので、はっきりしてほしい。」との意見が出された。そして、他の議題終了後改めて討論することとし、当初の計画案の「日の丸については、レイアウトの関係から会場内に掲げない。」との記載は削除されたが、「平常掲揚ポールに日の丸が揚がっていないので、卒業式にも揚げないのが当然ではないか。」「学習指導要領で認められていることなので揚げるのが平常ではないか。」等の意見の応酬があったため、教頭が「職員の意向を知りたい。」と述べ、また丁田校長も「いろいろな討論はあってもいいが、校長としては判断材料を聞かせてほしい。」と述べ、その結果、議題に挙がっていなかったことを理由に改めて討論するか、丁田校長の判断に任せるかについて採決することとされた。採決の結果、丁田校長が揚げると報告した場合には国旗についての論議を継続するという意見が二二名、掲揚について校長に一任する(但し、会場内には掲揚せず、掲揚ポールに時間を決めて揚げる。)という意見が三七名、棄権が八名、保留が一名となり、校長に一任することと決定された。その際、掲揚ポールに掲揚する場合には報告することとされた。(甲二の二、乙八の一ないし四、証人丁田月子、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)

(三) 同年三月八日、職員会議が開かれ、同年四月の行事予定、平成五年度間行事予定、第二五回入学式、一学期はじめの会及び着任式実施計画、平成五年度離任式実施要項、中学部及び高等部の春の遠足実施要領、三学期終わりの会実施計画、新入生歓迎会実施計画、パソコンアンケート並びに第二三回文化祭の反省が議題とされた。右の入学式の議題について話し合われたときには、特に日の丸の掲揚については触れられなかったが、会議終了直後、丁田校長は、前月の職員会議で日の丸の掲揚について自分に一任されたこと及び日の丸を掲揚する場合には報告することとされたことを踏まえ、卒業式、入学式とも掲揚ポールに日の丸を掲揚する旨述べた。これに対し、原告ら三名は、丁田校長に抗議した上、司会者に対し、入学式に「日の丸」が掲揚されるかどうかについては入学式の議案が検討されているときに検討されるべき問題であるからもう一度議題として取り上げてほしいと述べたが、司会者は、議題にはなかったこと及び既に議事が終わっていることを理由に議題としては取り上げず、職員会議は散会した。(甲二の二、甲八、乙九の一、二、証人丁田月子、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)

(四) 平塚養護学校では、同月一二日、午前九時五〇分ころから午前一一時ころまで、高等部の卒業式が行われた。丁田校長は、前日の一一日に、実方英雄事務長(実方事務長という。)に対して、当日は式が始まってから一〇分ないし一五分程度日の丸を掲揚するよう指示をしていた。しかし、当日は雨が降っていたため、丁田校長は、午前九時ころ、教頭及び実方事務長との話し合いの上、実方事務長に対し、無理な形ではやらなくてもよいけれども、玄関でもよく、また短時間でもよいので、できれば日の丸を揚げるようにと指示した。そして、実方事務長は、青木伸廣副主幹(青木副主幹という。)に手伝うよう指示し、同人とともに、午前一〇時ころから約一〇分間、玄関において、日の丸をつけた旗竿を掲げた。その後、実方事務長は、丁田校長に対し、玄関の側の壁の方に立って、国旗を手に持って揚げたと報告した。(甲三、乙一〇、一一の二、三、乙一二、証人丁田月子)

平塚養護学校では、同月二二日、午前九時五〇分ころから午前一一時ころまで、小学部及び中学部の卒業式が行われた。実方事務長は、丁田校長から、卒業式が開始されたら一五分程度日の丸を掲揚するよう指示を受けていたため、午前九時ころ、青木副主幹に手伝うように指示し、午前一〇時ころ同人とともに掲揚ポールに日の丸を掲揚し、午前一〇時一五分ころ降ろして事務室に戻った。なお、掲揚中は、他の職員は特に掲揚ポールには近づかなかった。原告乙山は、日の丸が掲揚されたときには前年同様の抗議のゼッケンを着用しようと考え、ゼッケンを準備していたが、日の丸の掲揚を確認することができなかったため、ゼッケンを着用することはしなかった。卒業式終了後、実方事務長は、丁田校長に対し、日の丸を掲揚した旨報告した。(乙一〇、一一の一、乙一二、証人丁田月子、原告乙山太郎本人)

同年四月一日、平塚養護学校の校長は、丁田月子から戊田一夫(戊田校長)に、また、事務長は、実方英雄から植松嘉禮(植松事務長という。)に代わった。戊田校長は、丁田前校長から同年三月末ころ及び四月一日に引継ぎを受けた。その中で、丁田前校長からは、日の丸の掲揚について平塚養護学校では賛成意見と反対意見が拮抗していることに触れられ、これまでは校長の権限と責任に基づき掲揚ポールに式の挙行中に国旗を掲揚していたこと及び職員会議の最後で入学式にも掲げることが話されていることが述べられ、また、在任中の二年間に寄せられた抗議文等の資料が手渡された。(証人丁田月子、証人戊田一夫)

原告ら三名は、同日、校長及び事務長の交代に伴い、戊田校長、大嶽恭司教頭(大嶽教頭という。)及び植松事務長に話し合いを申し入れ、午後四時から午後五時二〇分まで右の六名で話し合いがなされた。原告ら三名は、戊田校長に対し、「学習指導要領には法的根拠がなく、過去の戦争で多くの人が日の丸の下で去っていった事実を歴史の中で学んできた。この事実を生徒たちに正しく伝えたい。そのためにも日の丸に対して反対する。」「日の丸が掲揚された時点で、われわれは何らかの意思表示をするつもりである。」と申し入れた。これに対して戊田校長は、「校長としての責任と立場から日の丸を揚げないわけには行かない。このことを分かって欲しい。日の丸は掲揚します。」と述べた。そして、原告ら三名は、「丁田校長は掲げなかった。」「同年三月の卒業式では日の丸は揚がらなかった。」と述べたが、大嶽教頭は、「外ポールには揚げなかったけれども、玄関に揚げた。」と反論した。そして、戊田校長は、「あなた方が何らかの意思表示をすることについては、これを認めますが、教育公務員としての自覚に基づいて、それにふさわしい行動をすることを望みます。」と述べた。(甲二の二、甲三、証人戊田一夫、原告乙山太郎本人)

その後、原告ら三名は、いったん校長室から教室に戻って対応を話し合っていたが、大嶽教頭は、会議室前の廊下に原告ら三名を呼び出した上、「入学式当日決して実力行動に出ることは慎むように。」「暴力的行為については決してしないでほしい。」「他の先生方の信頼を失うことのないように。」「これは忠告です。」と述べた。これに対して、原告乙山は、行動に出るかどうかはこちらが決めると述べ、丙山は、忠告として一応受け止めておくと述べた。大嶽教頭は、その後、右のやりとりも戊田校長に報告した。(甲三、証人戊田一夫、原告乙山太郎本人)

戊田校長は、同日、原告ら三名との話し合いが終わった直後の午後五時二〇分ころ、植松事務長に対し、同月五日の入学式において、式が開始されたら日の丸を掲揚するように指示した(甲三)。

一方、原告ら三名は、右の話し合いが終わった後、日の丸の掲揚がなされれば引き降ろそうとの意思を通じ、大嶽教頭の机上に、いずれも同月五日に午前九時から午前一一時までの二時間の年次有給休暇を取得する旨記載した年休簿を置いた。これに対し、学校側からの時季変更はなかった。また、原告ら三名は、右の年次有給休暇の取得のため、他の教員に、高等部一年生の受け持ちの生徒の介助を依頼した。(甲三、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)

(五) 同月五日、入学式が行われた。植松事務長及び青木副主幹は、入学式が始まって間もなくの午前一〇時五分ころ、掲揚ポールに日の丸を掲揚した。すると、原告ら三名は、掲揚ポールに近づき、原告甲野が植松事務長に、「事務長さん、国旗掲揚することが教育的配慮とどう関係があるのか教えてください。」と述べて掲揚の意義をただしたが、植松事務長は、「校長から国旗を掲揚するように言われたので揚げている。」と繰り返して述べた。原告甲野には、原告乙山及び丙山も同伴していたが、右両名は特に何も述べなかった。原告ら三名は、植松事務長及び青木副主幹が日の丸を掲揚する際に妨害はしなかったが、植松事務長がその場を離れると、掲揚されていた日の丸を引き降ろし、風呂敷に包んだうえ、これを持ち去って、原告乙山のロッカーに保管した。なお、右の様子を一人の女性が写真撮影していた。原告ら三名が日の丸を引き降ろしたことは、大嶽教頭から式場内の戊田校長に報告されたが、同校長が式を続行したため、入学式の進行自体には影響を与えなかった。(甲二の二、甲三、乙一一の一、原告乙山太郎本人)

その後、原告ら三名は、午前一〇時三〇分ころまでには入学式場に入場して列席し、原告乙山及び丙山は、午前一一時四〇分ころ、校長室で戊田校長に右の日の丸を返却した(甲三、証人戊田一夫、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)。

戊田校長は、同日午後〇時五分から午後〇時三〇分まで、大嶽教頭及び植松事務長を同席させて、原告乙山、原告甲野及び丙山を校長室に呼び、「本日の行動は非常に残念である。覚悟しての行動ですね。」「個人の考えで公的なことにこのような行動をとったことは大変なことですね。」「国旗を降ろしたときに見知らぬ女性が現場の写真を撮影していたので、これは本校だけで処理できない問題だと感じ県教育委員会に報告する判断をしました。」と述べた。(甲二の二、甲三、証人戊田一夫、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)。

そして、戊田校長は、同日、電話で、原告ら三名の本件行為及び右行為が学校外の第三者により写真撮影されていたことを被告教育委員会の障害児教育課へ報告した(甲二の二、証人戊田一夫)。

戊田校長は、同月六日、朝の打ち合わせにおいて、原告ら三名の本件行為及び右行為を教育委員会に報告したことを伝えた。また、同月九日放課後、戊田校長と平塚養護学校の一部の教員とが話し合い、教員から「第三者がいなければ教育委員会には報告しなかったのか。」「まず学校内で収めることを考えなかったのか。」と質問が出されたが、戊田校長は「第三者がいたことが、どう発展するか分からないので、教育委員会に報告した。」と答えた。(証人戊田一夫、原告甲野花子本人)

(六) 戊田校長、大嶽教頭及び植松事務長は、組合の代表(遠藤、杉崎、三好の各教諭)と、同月一五日午後三時すぎから一時間ないし一時間三〇分程度、校長室において、被告教育委員会に本件行為を報告した件について話し合った。この席上、被告教育委員会に報告した経緯について説明がされ、日の丸を引き降ろしたことがなぜ被告教育委員会への報告事項になるのかについて、戊田校長は、前年度の終わりに、入学式において日の丸を掲揚ポールに揚げることについて職員の合意があったこと、公的な行事で個人レベルで国旗を引き降ろしたものであること、外部の者が本件行為の場面を写真撮影していたため、学校内部だけの問題ではなくなったと説明した。(甲一二、証人戊田一夫)

(七) 戊田校長は、同年六月一日、管理運営規則二六条の規定に基づき、被告教育委員会教育長に対し、事故報告書を提出して、本件行為及びそれに関する経緯を報告した。被告教育委員会は、右報告を受け、事務局主査の矢野一郎(矢野主査という。)を担当に指名し、矢野主査は、同日、「県立平塚養護学校教諭乙山太郎他二名が起こした不祥事件に関する事故報告書について(回覧)」と題する文書を起案し、原告ら三名の本件行為を事件の概要としてまとめ、教職員課の供閲に付した。(甲二の一、二、甲四、乙二、証人戊田一夫、同矢野一郎)

(八) 被告教育委員会の矢野主査、大塩専任主幹及び栗原副主幹は、同月四日午後三時から午後五時まで、平塚養護学校の校長室において、戊田校長、大嶽教頭、植松事務長、原告甲野及び丙山から事情聴取をして事実関係の調査等をした。原告甲野は、卒業式に日の丸が掲揚されなかったので、後退させてはいけないと思ったこと、日の丸の下で戦争が行われたこと、文部省・被告教育委員会・校長の押しつけに反対することが理由であると述べた上、処分が不当であること、処分されれば受けて立つ覚悟をしている旨述べた。戊田校長は、赴任直後であるため本件行為のような事態が生じたことは残念であること、他の職員を含め原告ら三名とは時間をかけて話し合う希望を持っていること、公的なことについて個人の考えで行動をとることに対しては指導が必要であること等を述べた。(甲三、四、証人戊田一夫、原告甲野花子本人)

また、被告教育委員会の矢野主査、大塩専任主幹及び栗原副主幹は、同月一八日午後二時二〇分から午後二時四〇分まで、教育センター会議室において、戊田校長立会いのもと、原告乙山から事情聴取をした(甲三、証人矢野一郎)。

(九) 被告教育委員会は、同年七月二〇日午前九時三〇分から、人事考査委員会を開催し、本件行為は、教育公務員についてふさわしくない行為であり地公法三三条に違反する行為であることを理由に、原告ら三名を文書訓告とすることが相当であるとの結論に達した(甲四、証人矢野一郎)。

そして、戊田校長は、被告教育委員会から、原告ら三名に対する伝達事項があるので教育庁に出頭するよう連絡があり、同年八月下旬ころ、原告ら三名に対し、電話により、教育委員会からの伝達事項があるので同月三〇日に教育庁に出頭するように連絡をした。原告ら三名は、戊田校長に対し、どのような伝達内容であるのか尋ねたが、戊田校長も、伝達内容は自分も分からないと答えたので、原告ら三名は、内容が分からないのに子供の授業を投げうって教育委員会に行くことはできない旨述べた。そして、原告ら三名は、いずれも同月三〇日には教育庁に出頭しなかった。そこで、戊田校長は、同年九月六日及び一〇日にも、被告教育委員会から原告ら三名に出頭するよう伝達することについて指示を受け、原告ら三名に対し説得をしたが、原告ら三名は、三人同時に出頭すること、教育委員会側が三人の言い分を聞いて話し合いができるようにすること及び録音を認めることの三点が出頭する条件であるとして譲らなかった。戊田校長は、原告ら三名の右の条件を被告教育委員会にも伝えたところ、被告教育委員会は、録音以外の点について受け入れることとなり、原告ら三名は同年一〇月一九日に出頭することになった。(証人戊田一夫、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)

そして、原告ら三名は、同年一〇月一九日、戊田校長とともに被告教育委員会の会議室に出頭した。教職員課長は、訓告書を交付する旨述べて一列に並ぶよう指示したところ、原告ら三名は、話し合いの場とするという、事前の話し合いの条件と違うと述べた。これに対し、同課長は、既に文書訓告の意思を決定していること、本来であれば別々に伝達すべきところ、要望に従って三名同時に伝達すること及び意見があればそれを説明する機会を訓告書の交付の後に設けることを説明した上、訓告書を手交しようとした。しかし、原告ら三名は、訓告書の受領を拒絶し、会議室を退出した。(証人戊田一夫、原告甲野花子及び同乙山太郎各本人)

被告教育委員会は、戊田校長から訓告書を交付させることとした。戊田校長は、同年一一月一六日、原告ら三名を校長室に呼び出し、大嶽教頭及び植松事務長の同席の上で、それぞれに対する訓告書につき、一名ずつ名前と内容を読み上げて、一名ずつ訓告書を手交した。原告ら三名は、訓告書を受領後、校長室を退出したが、教育長あての抗議文を持参して校長室に戻り、右訓告書を受け取ることはできない旨述べ、抗議文を教育長に渡してほしい旨伝えた。これに対して、戊田校長は、「文書訓告を受け止めない限り抗議文というのは発生しないでしょうし、私はメッセンジャーボーイじゃありません。」「受け止めるなら私持っていきます。」と答えた。そこで、原告ら三名の中では右の訓告書を受け取るかどうか話し合いをしたが、最終的には、受け取ることで合意した。しかし、原告ら三名は、右訓告書を受領して校長室を退出した後、各訓告書のコピーをとった上、三たび校長室に戻り、「いったん受け止めたんだからどうしてもいいですね。」と述べて校長室の会議机に各訓告書を置いて退室した。その後、大嶽教頭は、原告ら三名の職員室の各自の机の上に伏せて右の訓告書を置いた。(乙一三、証人戊田一夫、原告甲野花子本人)

2  学校教育法七三条は、盲学校、聾学校及び養護学校の小学部・中学部の教科、高等部の学科及び教科または幼稚部の保育内容は、小学校・中学校・高等学校または幼稚園に準じ監督庁がこれを定めると規定しているから、文部大臣は、右の権限に基づき、盲学校、聾学校及び養護学校における教育の内容及び方法につき、必要かつ合理的な基準を設定することができると解される。そして、文部大臣は、教育の全国的な一定水準を維持しつつ、盲学校、聾学校及び養護学校の目的達成に資するために、盲学校、聾学校及び養護学校における教育の内容及び方法について遵守すべき基準を定立する必要があり、このために学習指導要領を定めているのであって、学習指導要領は、全体として全国的な大綱的基準となりうるものである。

そして、「盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領」及び「盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」並びにこれらが準拠する「小学校学習指導要領」、「中学校学習指導要領」及び「高等学校学習指導要領」によれば、入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚することが定められていることは前記第一の二のとおりである。

3  ところで、養護学校の校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する権限を有し(学校教育法七六条、 二八条三項)、教育課程、学級及び授業等の時間割を編成し、各教員に校務を分掌させることができるのであり、更に、管理運営規則六条一項も、養護学校の教育課程は、学校教育法施行規則七三条の一〇に規定する盲学校、聾学校及び養護学校幼稚部教育要領、盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領及び盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領の基準により、校長が編成するものと規定している。

4  したがって、入学式及び卒業式における国旗の掲揚は、校務をつかさどり、所属職員を監督する権限を有する校長が、学習指導要領の定める大綱的な基準に準拠して、その権限と責任に基づいて行う校務というべきであるから、校長が行う国旗の掲揚又はその指導や指示に関わる行為をしたときは、右行為は適法な職務遂行行為に当たるということができる。

なお、原告らは、戊田校長は職員会議の決定に反し、または職員会議を無視したものであるとして国旗の掲揚が権限に基づかないと主張する。しかしながら、学校において最終的な意思決定を行い、これについて最終的な責任を負担するのは、校務をつかさどる地位にある校長であって、職員会議は法令上の根拠があるものではなく、決議機関ともいえず、校長の校務遂行上の補助機関と解すべきであるから、校長が校務を行うに当たって職員会議の意見を尊重することが望ましいとはいえても、その意見は校長を拘束するものではなく、校長の校務として国旗を掲揚する権限に影響を与えるものではない。原告らの右主張は採用することができない。

5  原告らは、次に、「日の丸」の掲揚が憲法違反、法律違反であると主張するので、所論に鑑み検討する。

(一) 原告らは、「日の丸」が国旗でないと主張する。

国内関係において国民統合の象徴として用いる場合の国旗については、何をもって国旗とすべきかを規定した法律はない。しかし、明治以降我が国の国旗として国の内外において公式に用いられてきたのは日の丸であり、国際会議や外国においても日の丸が日本を象徴する旗として肯認されていることは公知の事実である。そして、日の丸は、大多数の国民から国旗として扱われており、他に国民統合の象徴たる国旗として用いられているものはなく、現在でも効力のある郵船商船規則(明治三年太政官布告第五七号)によれば、図示された日の丸をもって日本船舶に掲げられる国旗とされており、大喪中の国旗掲揚方の件(大正元年七月三〇日閣令第一号)においても日の丸が国旗として図示されているのであって、更に、商標法(四条)、海上保安庁法(四条)、船舶法(二条、七条、二六条)等において国旗は商標登録を受けることができないことや船舶の国旗掲揚に関する事項等の国旗の存在を前提とする規定が置かれているのである。以上のような事実を考慮すると、日の丸は日本を象徴する国旗であるとの慣習法が成立しているということができる。したがって、日の丸は国旗であるから、原告らの右主張は採用することができない。

(二) 原告らは、「日の丸」を掲揚することが憲法二六条、二一条、一九条に違反すると主張する。

しかし、まず、憲法二六条の規定する子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習をする権利に対応し、その充足を図りうる立場にある者の責務に属するものとしてとらえられるべきものであって、原告らの権利としてとらえることはできない。加えて、普通教育及び養護学校における教育の場合には、大学教育等に較べると、児童生徒に教授内容を批判する能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考慮すると、教師に完全な教育の自由を認めることはできないというべきであるから、日の丸の掲揚が憲法二六条に違反するということはできない。

また、日の丸の掲揚自体は原告らが日の丸の掲揚に反対の意思表示をする自由を侵害するものとはいえないから、原告らの憲法二一条違反の主張は採用することができない。

さらに、日の丸の掲揚は、これによって原告らの内心に強制を加えるものではないから、原告らの憲法一九条違反の主張も採用することができない。

(三) 原告らは、平塚養護学校においては過去の経緯に鑑みると「日の丸」を掲揚することが許されないとも主張する。

しかし、戊田校長が自らの権限と責任の下に日の丸を掲揚したことについて何らの違法も存しないことは前記のとおりであって、このことは過去の経緯に鑑みても同様であるから、原告らの右主張は採用することができない。

6  そして、戊田校長は、右に述べたとおり、国旗を掲揚する権限と責任に基づき日の丸(以下、国旗という)を掲揚する旨決定し、校務としてこれを実施したのであるから、その行為は校務として適法な職務遂行行為というべきであって、その指揮監督下にある原告らが右の校務を妨げてはならないのは当然である。しかも、本件においては、戊田校長の前任者である丁田校長が、平成五年三月八日の職員会議終了直後に原告ら三名を含む教員に対し、卒業式及び入学式に国旗を掲揚する旨述べており、その後戊田校長も同年四月一日、原告ら三名に対して「あなた方が何らかの意思表示をすることについては、これを認めますが、教育公務員としての自覚に基づいて、それにふさわしい行動をすることを望みます。」と述べて指導していることが認められるものであるから、原告らが単に国旗の掲揚に反対するとの意志を表明するのであればともかく、これにとどまらず、戊田校長が植松事務長及び青木副主幹をして掲揚させた国旗を実力をもって引き降ろし、国旗が掲揚されていない状態を作出して、国旗の掲揚を妨害する行動に及ぶことまでが許されるということはできない。

したがって、原告らの本件行為は、許される限度を超えているものと評価せざるを得ず、公立学校教員としての職の信用を傷つけ、かつ、その職全体の不名誉となる行為というべきであり、教育公務員特例法三条、地方教育行政法三五条、地公法三三条に違反するものといわざるを得ない。なお、原告らは、本件行為当時年次有給休暇を取得していたことは前記のとおりであるが、有給休暇中であれば地公法三三条により禁止されている行為が許されるというわけではないから、右の事情は右判断を左右しない。

7  以上のとおり、原告らの本件行為が公立学校の教員としての「職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となるような行為」として、地公法三三条に違反するとの被告らの主張は理由がある(被告は、校長が入学式に国旗を掲揚することを言明したときは、その言明には掲揚された国旗を勝手に引き降ろすなどの妨害行為を禁止する旨の命令を黙示的に包含していると主張する。しかしながら、丁田校長が平成五年三月八日に国旗を掲揚する旨言明し、戊田校長が同年四月一日原告らに対し、教育公務員としての自覚に基づきそれにふさわしい行動を望む旨述べていることは前記認定のとおりであるが、右両校長の言明の趣旨が原告らの職務内容との関係において不明確であって原告らの職務の執行に直接関係する命令に当たるとは解し難いから、これが被告主張の職務命令を黙示的に含むものということはできない。被告らの右主張は理由がない。)。

五  争点5(裁量権の濫用の有無)について

本件行為は、校長が自らの権限と責任に基づいて遂行した職務行為につき、原告らがそのことを認識し、かつ校長及び教頭から、それぞれ「あなた方が何らかの意思表示をすることについては、これを認めますが、教育公務員としての自覚に基づいて、それにふさわしい行動をすることを望みます。」、「入学式当日決して実力行動に出ることは慎むように。」等と事前に指導されていたにもかかわらず、意を通じて国旗を引き降ろすことを計画の上、年次有給休暇を取得し、実際に国旗を引き下ろす行為に及んでこれを妨害したというものであって、その職務上の義務違反の態様は重いといわざるを得ないのであって、本件において取り調べた証拠を総合しても、被告教育委員会が本件各訓告の措置をとったことにつき、裁量権の濫用があったと認むべき事情を認めるに足りる証拠はない。この点に関する原告らの主張は採用することができない。

六  争点6(手続上の違法性の有無)について

原告らは、本件各訓告の手続において、原告らに対する告知、弁明、聴聞の機会が付与されなかったことからその手続に瑕疵があると主張する。

しかし、本件各訓告は原告らの法的地位に変動を生じさせる不利益な処分ということはできないから、その手続に当たって告知、弁明、聴聞の機会が付与されることは必ずしも必要とは解されないし、本件においては、原告らに対して事情聴取の手続が履践され、原告らも本件行為について当日の事実関係を認めた上、自らの主張を述べているのであるから、告知、弁明、聴聞の機会が与えられていないとはいえない。原告らのこの点に関する主張は採用することができない。

七  争点7(不法行為の成否)について

前記のとおり、本件各訓告には理由があり、かつその手続に瑕疵があるとは認められないから、違法な公権力の行使があったと認めることはできず、原告らの被告神奈川県に対する国家賠償法一条に基づく損害賠償の請求は、いずれも理由がない。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告らの本件各訓告の取消しを求める訴えは、不適法であるから、いずれもこれを却下すべきである。また、原告らの被告神奈川県に対する損害賠償の請求は理由がないから、いずれもこれを棄却すべきである。

よって、主文のとお判決する。

(裁判長裁判官 渡邉 等 裁判官 森高重久 裁判官 島戸 純)

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